遺言によって、特定の遺産を特定の相続人に与えようとする場合に、遺言書へ「相続させる」と書かれている場合と、「遺贈する」と書かれている場合とがあります。
たとえば、「遺言者は、妻○○○○(昭和○○年○○月○○日生)に、下記の不動産を相続させる。」と記載するのと、「相続させる」ではなく「遺贈する」と記載するのでは何か違いがあるのでしょうか。
まず、「遺贈する」と書いてあれば遺言の効力の生じた時にその効力が生じるのは明らかですが、相続させると書いてある場合であっても、「被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継される」とされています(最判平成3年4月19日)。
かつては、特定の遺産を特定の相続人に与えようとする場合に「相続させる」との表現を使った場合、これが「遺贈」の趣旨であるのか、または、「遺産の分割の方法を定めた遺言」であるのか解釈が分かれていました。
さらに、遺産の分割方法を指定したと解釈した上で、遺言者の死亡により相続人間での遺産共有状態になり、遺言を基準にした遺産分割をすることにより、はじめて「相続させる」とされた相続人の単独所有となると考える立場もありました。
これが平成3年の最高裁判決により、特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺産の分割の方法を定めた遺言であるが、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されると判断されたのです。
最高裁判所 平成3年4月19日 判決
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、正に民法908条にいう遺産の分割の方法を定めた遺言であり、他の共同相続人も右の遺言に拘束され、これと異なる遺産分割の協議、さらには審判もなし得ないのであるから、このような遺言にあっては、遺言者の意思に合致するものとして、遺産の一部である当該遺産を当該相続人に帰属させる遺産の一部の分割がなされたのと同様の遺産の承継関係を生ぜしめるものであり、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、被相続人の死亡の時(遺言の効力の生じた時)に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。
民法第908条(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
不動産の登記(名義変更)手続きにおける違い
上記のとおり、遺言により特定の不動産を特定の相続人に与えようとする場合、「相続させる」、「遺贈する」とのどちらの文言を使っても、相続開始後ただちに相続人へ所有権が移転することは同じであるわけです。しかしながら、不動産の名義変更(所有権移転登記)をする際には、登記原因が「相続」であるか、「遺贈」であるかにより、必要書類や登記手続に関与すべき人が変わってきます。
まず、相続させるとの遺言に基づく場合には、相続を原因とする所有権移転登記をしますが、この登記手続は「相続させるとされた相続人が単独で」おこなうことができます。つまり、他の相続人の協力を得る必要が無いわけです。
これに対して、遺贈するとの遺言による場合は、遺贈を原因とする所有権移転登記をします。この登記手続は、相続人全員(または遺言執行者)が登記義務者となっておこなわなければなりません。相続人全員が登記義務者になるとすれば、その全員から印鑑証明書をもらったり、登記申請のための委任状へ署名押印をしてもらう必要があるわけです。
ただし、遺言書において遺言執行者が定められていれば、遺言執行者が登記義務者となって登記手続きがおこなえますから、相続人全員の協力を得る必要はありません。また、遺言による遺言執行者の指定がない場合でも、家庭裁判所で遺言執行者の選任をしてもらうことも可能ですから、必ずしも相続人全員の協力を得なくとも済むことにはなります。
それでも、「相続させる」と記載しておいた方が、手続きが簡単であることは間違いありませんから、特定の相続人に対して「遺贈する」との遺言をあえてするメリットは無いでしょう。
なお、所有権移転登記をする際の登録免許税については、相続を原因とする場合が「不動産の評価額の0.4%」であるのに対し、遺贈の場合には「不動産の評価額の2%」となっていますが、相続人への遺贈については相続と同様0.4%ですので、相続、遺贈のどちらであって変わりはありません。
相続人全員へ包括遺贈する遺言の場合
不動産の所有権移転登記をする際の登記原因は、遺言に使われている相続、贈与の文言に従うのが原則ですが、相続人全員へ包括遺贈するとの遺言の場合の登記原因は相続となります。
相続財産の全部について包括名義で贈与する旨の遺言があるときは、その遺言書に他の相続分の指定と解される記載がない限り、その相続財産の処分を受ける者が相続人中の一部の者である場合は、所有権移転の登記原因は遺贈であり、その処分を受ける者が相続人の全員である場合には、その登記原因は相続とすべきである(昭和38年11月20日民事甲3119)