両親が住んでいた故郷にある実家を相続したくないと考える方が多くなっています。両親が亡くなった後、相続人中の誰もそこに住む予定がないのであれば、その実家不動産を売却することをまず検討します。実家不動産を売却するときは、いったんは相続人の名義に変更(相続登記)してから、買主に対する所有権移転登記をします。

けれども、実家不動産がなかなか買い手の見つからなそうな場所にあったり、古くなった家屋を取り壊してから売却するとなると赤字になってしまうような場合に、「実家を相続しないために相続放棄をする」という方法が使えるのかについて検討してみます。

なお、ここでいう相続放棄の効果は家庭裁判所への申立(相続放棄の申述)しなければ生じません。他の相続人に自分は実家を相続しない(放棄する)と伝えただけでは駄目です。また、相続放棄をした場合、実家不動産を相続しないだけでなく、被相続人の遺産については一切引き継ぐことができなくなります。

上記を踏まえた上でも、遺産は田舎にある実家不動産のみで現預金はほとんど無いというような場合、相続放棄するとの選択肢を考える方もいらっしゃるでしょう。

実家の相続放棄をする方法(目次)
1.後順位の相続人がいる場合
2.相続放棄後の財産の管理責任は誰にあるのか
3.相続財産管理人の選任により解決するのか

1.後順位の相続人がいる場合

父の死亡により実家不動産を相続していた母が亡くなったとします。この実家不動産を相続したくないとの理由で、子どもたちの全員が相続放棄をした場合、母に兄弟姉妹(または、その代襲者)がいれば相続人となります。

子どもたちだけ相続放棄をして、母の兄弟姉妹等にその実家不動産を押しつけるわけにはいかないでしょうから、その兄弟姉妹たちにも相続放棄をするよう協力を求めることになるでしょう。

母の兄弟姉妹といえば、親戚の叔父(伯父)、叔母(伯母)です。親戚に対して、「自分達は実家不動産を引き継がないために相続放棄をするので、叔父さんたちも相続放棄をしてください」と頼むわけです。そんな親不孝なことは止めろといわれるのが普通のように思いますがいかがでしょうか。

なお、後順位の相続人がいない場合には、子の全員が相続放棄したら相続人不存在となりますから、上記の問題が生じることはないのは当然です。

2.相続放棄後の財産の管理責任は誰にあるのか

相続人全員が相続放棄をすることにしたとしても、「自分達は相続放棄をしたのだから、後はその実家不動産がどうなろうと関係ない」というわけにはいきません。民法940条1項に次のような規定があるからです。

相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない(民法940条1項)

したがって、相続放棄をした後であっても、実家不動産の管理を怠ったことにより近隣の住民に損害を与えたような場合には、損害賠償を請求される可能性もあります。

ただし、上記のように大きな損害が発生したような場合を除けば、現実には相続人の全員が相続放棄をしたのにかかわらず、その実家不動産所在地の市町村などから「その財産の管理を継続」するよう求められることは現時点では無いと思われます。

実家不動産のケースではありませんが、全く音信不通だった親族が所有していた不動産に関する問合せが市町村から入ったというようなご相談があります。生前は全く連絡を取っておらず、生死すら知らずにいた父の兄弟の相続人にいつの間にかなっていたというような場合です。

このようなときに、その不動産を相続しないために相続放棄をするという例は珍しくありません。被相続人の死後3ヶ月が経過していても、市町村などからの通知により死亡した事実を知ったのであれば、そのときから3ヶ月以内であれば全く問題なく相続放棄が可能です。

そして、相続放棄した事実を伝えれば、それ以降は市町村などから連絡が来ることもなくなります。これが相続放棄した人にも管理責任があることを前提としているならば、市町村に相続放棄した事実を伝えたとしても管理責任を果たすよう求められることになるはずです。

このことは、親が住んでいた実家不動産の場合であっても現時点では同様だと思われます。ただし、相続放棄しても民法940条1項の管理責任を負っていることは事実なのですから、何らかの請求を受けることもあり得るのは上記のとおりです。

3.相続財産管理人の選任により解決するのか

相続人のあることが明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の管理人を選任します(民法951条、952条1項)。

相続財産管理人は、相続債権者、受遺者などに対して弁済をおこなうとともに相続人の捜索をおこないます。相続人が現れない場合には、特別縁故者への財産分与がおこなわれることもあります。相続債権者などへの弁済や、特別縁故者への財産分与をおこなっても財産が残った場合、その財産は国(国庫)に引き継がれます。

上記のとおりなので、相続財産管理人の選任により最終的には財産が国庫に帰属しますから、実家の相続放棄ができることになります。

しかし、相続財産管理人選任の申立を家庭裁判所へする際、相続財産が不動産だけで預貯金や現金がない場合などには、予納金(数十万円から100万円程度)の納付が必要となるのが通常です。

そのため、相続財産管理人選任の申立は、財産の管理や処分をすることによりメリットがある人がいる場合におこなわれるものだといえます。たとえば、相続債権者が債権回収をおこなおうとする場合や、特別縁故者に対する相続財産分の分与を受けようとする場合、また、不動産の共有者が共有持分を取得しようとする場合などです。

よって、実家不動産の相続放棄をすることを目的として、相続財産管理人選任の申立てがおこなわれるような例は少ないと思われます。それでも、実家不動産を相続せず、その管理義務からも解放されるためには、相続放棄した後に相続財産管理人選任の申立てをするしかありません。

不動産の所有権を放棄することはできませんし、誰も相続したくないような実家不動産を贈与や寄付により誰かに引き取ってもらうというのも無理な話だからです。結局は、相続することを望まない不動産を簡便に手放せるような方法は存在しないのが現状なのです。