この記事に書かれている内容は、司法書士にしか関係の無い専門的な話が含まれています。特別代理人選任についての一般的な情報については、特別代理人の選任(遺産分割協議、相続放棄)のページをご覧ください。

1.成年被後見人の所有不動産を買い受けるための手続き

子が親の成年被後見人になっている場合で、成年被後見人名義の不動産を子が買い取るとのこと。そこで、成年被後見人から、子である後見人に対する、売買を原因とする所有権移転登記のご依頼がありました。

売買の対象となる不動産は、成年被後見人の居住の用に供する不動産ではありません。したがって、所有権移転登記をするにあたって裁判所の許可は不要なのですが、成年被後見人のために特別代理人の選任が必要となります。成年被後見人と成年後見人との利益相反取引に該当するからです。

そこで、司法書士を特別代理人候補者として、家庭裁判所への特別代理人選任申立を行った後に、司法書士が成年被後見人の特別代理人となり所有権移転登記の申請をしました。

司法書士にとっては特に難しい手続きが含まれているわけではありませんが、司法書士である私が成年被後見人の特別代理人となり、不動産の売買による所有権移転登記を行ったのは初めてのはずなので、備忘録的に記しておきます。よって、細部については変えているところもありますが、実際に取り扱った事件に基づいています。

2.成年被後見人のための特別代理人選任申立

成年被後見人から不動産を買い取るのは、売却代金をその後の本人の生活費等に充てるためです。後見開始申立ての際すでに、申立書へ「申立ての動機」として詳しい事情を記載していたこともあり、特別代理人選の申立では『本人の後見開始申立書の「申立の動機」に記載のとおり』というようにして、詳しい事情の記載は省略しました。

特別代理人候補者は司法書士である私として申立てを行い、そのまま選任されています(なお、後見開始申立てについての書類作成等を行ったのは当事務所ではありません)。

3.売買による所有権移転登記

売買による所有権移転登記をする際、登記原因証明情報に「本件不動産は、成年被後見人の居住の用に供する不動産ではない」ことを明記した他は、通常の売買によるのと変わりありません。印鑑証明書は特別代理人である司法書士のものを添付しますが、これは市町村が発行する個人の印鑑証明書です。また、特別代理人選任審判書も添付しなければならないのは当然です。

なお、今回は特別代理人選任の申立をした後、選任審判書に事務所についての記載も入れるかと裁判所から聞かれました。しかし、特別代理人選任審判書に事務所を入れて貰ったとしても、登記義務者の印鑑証明書(作成後3か月以内)は住所地の市町村長等が作成したものでなければならないので(不動産登記令16条)、司法書士会の発行する職印証明書等を使うことはできません。

4.所有権登記名義人住所変更の登記申請

また、売買による所有権移転登記の前に、成年被後見人の所有権登記名義人住所変更の登記申請もしましたが、この登記も特別代理人により行っています。

特別代理人選任審判書の主文には「申立人が成年被後見人の所有する不動産につき,別紙土地売買契約書(案)のとおり買い受けるにつき、成年被後見人の特別代理人として次のものを選任する」などと書かれているだけです。そのため、所有権登記名義人住所変更の登記申請も特別代理人が行えるのかとの疑問も生じましたが、結果としては問題なく登記が行えました。

そもそも、成年後見人にしても、特別代理人にしても、具体的な登記申請手続きの内容を特定して選任されているわけではありません。したがって、特別代理人が売買による所有権移転登記を行えるならば、その前提としての所有権登記名義人住所変更の登記申請も行えて当然だともいえますから、少し考えすぎだったかもしれません。

司法書士事務所を開業してからそろそろ15年が経過しますが、いくら経験を積んでも知らないことは出てくるもの。それでも、自分の頭で考えれば分かることと、いくら考えても無理なことを切り分けられるようになるのも経験により得られた力なのでしょう。